赤文字系…押切もえ

押切もえ

赤文字系雑誌のカリスマ読モといえば、この方です。一見育ち良さそうな彼女ですが、紆余曲折とした彼女の生い立ちに、並々ならぬ努力をされたんだと共感するファンも多いんだとか。では、どぞ。

プロフィール

押切 もえ(おしきり もえ、本名同じ、1979年12月29日 - )は、日本のファッションモデル、タレントである。千葉県市川市生まれの松戸市育ち。ケイダッシュグループのパール所属。

松戸市立第五中学校卒業後、昭和学院高等学校に入学するも中退。 翌年千葉県立市川西高等学校の一学年下に再入学し後に卒業。在学中より雑誌『Popteen』の読者モデルとして登場。その後雑誌『egg』の読者モデルを経て、再び雑誌『Popteen』から『東京ストリートニュース』へとモデルとしてステップアップし着実にファンを増やしていった。読者モデル時代は誌面上で、当時のメイクから“コギャルのトップ”や“スーパー高校生”などの呼び方をされ、読者の女子高生のカリスマ的存在になった。『Popteen』”卒業”後も何度か紙面に”ゲスト”登場していた。一度、雑誌『ViVi』のモデルに転身をはかるも失敗し、再び『Popteen』に出戻る。そして2001年に”大人系女性”への転身を計るため、『CanCam』の専属モデルとなる。蛯原友里、山田優と並ぶ同誌のトップ3人気モデルとして大ブレイク。特に蛯原とは人気を二分し、以後のファッションモデルに大きな影響を与えた。2007年4月号に同誌を”卒業”。その後、2006年の春と秋に発売されて好評だった『AneCan』が2007年3月からの月刊化にともない、専属モデルとして抜擢された。

また、2003年、第31回ホノルルマラソンを女子総合1130位(4時間32分17秒)で完走。翌2004年の第32回ホノルルマラソンには、盲人ランナーの伴走として参加した。2007年5月30日に行われた藤原紀香と陣内智則の結婚披露宴において、紀香にキャンドルサービスのトーチを渡す役を果たした。

人物・エピソード

2歳下の弟がいる。

祖母の家は山形県らしい。もともと押切姓は山形県に多く見られる姓である。家庭崩壊や年下の恋人の事故死、2005年2月のハワイの海での大怪我など、実に様々な紆余曲折を経ている。また高校時代はかなり荒れていたり、恋人の死後から約1年間は泣いてばかりの毎日であったと語っている。本人が考案したという内巻き・縦ロールの髪型は『押切巻き』と呼ばれ、若いOLを中心に人気である。

読書家であり文庫本を週に3冊は読む。愛読書は太宰治で特に津軽がお気に入りである。

好きな食べ物は京都府福知山市「足立音衛門」の栗のテリーヌ『天』

特技は柔軟な体でできるロンダート。

英語でしゃべらナイトのトークで好きな歌手としてAIの名前を挙げた。他に好きな歌手は中島美嘉、安室奈美恵など。またお笑い好きでもあるらしく、押切自身がイメージキャラクターを務めるFOMASO703iをイメージしたファッションショーに出演した際のトークに於いて、主に好きな芸人として次長課長の河本準一、ムーディ勝山の名前を挙げた。

『CanCam』の専属モデルとして、蛯原友里とは常に比較され、卒業後も比較対象にされ続けた。常に人気ナンバーワンを誇り、着た服が飛ぶように売れる社会現象を起こした蛯原が「キラキラOL」と称される、やや派手なファッションやメイクだったのに対し、ナンバーツーの押切は清楚で落ち着いたファッション、メイクも控えめと、タイプも異なっていた。髪の色も蛯原は茶、押切は黒と分かれていた。

将来の夢は「年老いてもなおモデルの仕事を続ける事」。

著名人との関係

2006年9月22日に表参道ヒルズで行われた、紳士用ブランドダンヒルのイベントで、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスに所属する新垣渚投手との恋愛関係にあるのでは…との一部ネット掲示板への書き込み・マスコミ報道について報道陣から質問があり、「(交際は)ありません。なぜ、そんな話が広まるのか不思議です」と否定した。彼女の熱愛説(あくまで噂)はこれが初めてである。

2006年2月、週刊誌に石田純一から高級ワインを渡されているところを撮られた。ただやましい関係ではないと言う。

2008年5月、読売ジャイアンツの野間口貴彦投手との交際をブログで認めたが、2009年秋に破局が報じられた。